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ミームとは、イギリスのリチャード・ドーキンスという進化生物学者が提唱した概念で、人間の文化も生命の遺伝子と同じように自己複製や組み換え、再結合、淘汰が繰り返される、との考えにもとづいている。
ミームとしてのIPは、その中にさまざまな知識を蓄えることができる「入れ物」であり、それがインターネットのようなグローバルな環境のなかで共有・交換されていけば、デジタルな文化は多様で豊かなものへと発展することが可能だ、というわけである。
これまで、IPでは根幹となるパッドや開発キットが生み出されてきたほか、ミームメディアとしての発展を支えるインフラ的なシステムも開発されている。
たとえば、個人が開発したパッドを出版したり、サーバーにあがっているパッドを手に入れて再利用するといった、流通と交換のための「市場」の仕組みとなるインターネット上の共有空間や、制作者のライセンス管理や利用者に対する課金を可能にするシステム・モジュールなどだ。
まだ、システムとしては十分にこなれていないIPが、今後本格的に普及していくためには、開発に携わる人が増えていくことが不可欠だが、前述のIPCは一九九九年からIPの体験版や市場システムのプログラムを無償で公開することによって、普及の裾野を広げていこうとしている。
実際にIPを使った応用システムとしては、編集工学研究所が制作した「TH同MIYAKO」という京都の歴史・文化に関するデジタル・データベースなどがある。
これは、従来型のデータベース検索にはない自由な知識の探索がIPによって実現されている。
「トビカ」(場所に結びつけた記憶術)や「花鳥風月型連想」(和歌や物語、生活習慣、季節の祭事にひそむ意味の体系)、「語り部」(情報を物語化するメディアとしてのナレーター)といった方法からの、情報における「関係の発見」のサポートが試みられている。
IPCでも「地域コンテンツ編集システム聖」の開発プロジェクトを進めている。
これは、地図をベースに札幌市のさまざまな情報が蓄積され、それをいくつかの階層によって参照し、ユーザーがそれらの情報を自分なりに編集することもできるというもので、学校教育での利用を主眼に置いている。
IPは、コンピュータのなかだけのレゴ的な道具だが、物理的な実体のある建築やプロダクトのデザインにも、レゴ的な考え方に近いものが散見できる。
OMソーラー協会が提供している「フォルクス住宅」のシステム発想も、基本にあるのはレゴのような規格化・標準化をベースにした多様性の実現だ。
OMソーラー協会のウェブサイトに行くと、住宅のプランニングのシミュレーションができるページがあり、そこでフォルクス住宅のもつレゴ的な構造を理解できる。
ここでは、ベース(土台)となるいくつかのパターンの上に、玄関や水廻り、厨房、トイレ、階段といったユニットを配置していけば、自分なりの住宅の平面プランができあがる。
フォルクス住宅の設計者である建築家の秋山東一さんは、二〇代の頃から「徹底した規格化・標準化にもとづく高品質な住宅づくり」を夢見ていたという。
フォルクス住宅では、住み手(施主)と作り手(工務店)がこうしたレゴ的なユニット発想によって情報を共有し、相互理解を深めながら、住み手が欲する住宅を建てていく。
住宅づくりにおける情報のブラックボックスをなくすという意味では、フォルクス住宅は建築のかたちをとった情報デザインのすぐれた実践といえるだろう。
以前私がかかわっていた「感性産業研究会」という異業種共同研究活動でも、メンバーの一人の建築家がレゴ的なデザイン環境を提案していた。
IDNAをもった産業製品の部品は、それぞれが部品相互の関係性の情報をもっており、ユーザーはIDNAのパーツ・ライブラリーからこの仮想部品を入手し、時に専門家(=デザイナー)の助けも借りながらコンピュータ上で自分の好みの自動車や住宅をデザインできる、というわけである。
また、ある携帯電話メーカーの開発者やデザイナーを取材した際にも、市場が拡大して利用者のニーズが多様化しているため、電話として必要不可欠な基本機能と、利用者によって取捨選択可能な付加機能を別々にしてモジュール化し、それを組み合わせることで多様な製品を開発しやすくすることが課題だと語っていた。
モノをつくる側にとっても、「製品設計のレゴ化」は重要なテーマになっているのかもしれない。
使い手の欲求にキメ細かく対応するデザインの究極は、使い手が自ら欲しいモノをデザインできる環境を提供することだろう。
レゴはその究極の未来像をすでに私たちの前にしめしている。
これから先、デジタル情報の世界にも、そしてさまざまな産業製品の世界にも、レゴ的な発想で使い手の創造力を喚起する製品がたくさん出てくるのではないだろうか。
そして、使い手がデザインの過程に積極的に参画していくという新たなデザインの方向性が、どんな意味をもっているのかについては、第六章であらためて考えてみることにしたい。
ここまでで、情報デザインとは世のなかに存在する複雑で多様なモノ・コトを整理(組織化)し、それを他人が理解しやすい「かたち」としてしめしていく営みであるーと説明してきた。
だが実は、こうした見方が、情報デザインという営みの一面をとらえているだけにすぎないことも知っておいてほしい。
一般的に、これまで情報デザインが対象にしてきた「情報」とは、何らかのかたちで人間がつくり出してきたものを指している。
人間同士のコミュニケーション、そして個人の内面に蓄積されているアイディアや知識といったもの、あるいは社会のあちこちで展開されるさまざまな活動、それらが源となって情報は生まれる。
すでに述べたように、どんな人間も自らの精神の働きによって、日々情報を生み出し、他人とそれを交換し合って生きている。
人間というのが既に膨大な情報のデザインの束、あるいは結節点であるといってもいい。
しかし、私たちの身の回りにある情報はそうした人為的なものだけにとどまらない。
私たちの「からだ」が存在する、この物理的な世界が既に豊かな情報で成り立っている。
第一章の冒頭で気象情報のことを例に出したが、これなどは地球の大気が生み出す、絶え間ないダイナミックな変化を、人間が理解しやすい情報に表現し直したデザインの、ほんの一例なのである。
この章では、人間同士のコミュニケーションとはまた違った部分で、世界にあふれる情報の豊かさに気づいていくデザインの可能性について考えていきたいと思ここでも一つ、身近な例をあげよう。
人間がまわりの環境を感じるための情報のデザインという分野には非常に素晴らしい「先行事例」がある。
それは、風鈴だ。
夏のあいだ、軒先に風鈴を下げている家庭は以前と比べたらかなり減っただろうが、それでもこれが自然と人をつなぐ装置として想像力豊かなデザインがほどこされていることは間違いない。
風鈴は、いうまでもないが楽器ではない。
つまり、音色を純粋に楽しむためにつくられたものではない。
風鈴が表現しているのは、音ではなく、むしろ「風が吹いている」という事実である。
暑い夏の日、庭に画した軒先に吊るされた風鈴は、そこを流れる風を受けて揺れ、音を発する。
この時、家のなかにいる人は、風が吹いていることを風鈴の音を媒介にして気づき、そして意識のうえで涼を感じ取る。
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